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bird and insect ナイト🌙Vol.1「写真・映像はどこへ向かうのか」

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birdとして初めてのYouTubeライブ配信!
文字にすると、また違って見えるかも👀

なるべく凝縮してまとめてみました。
2時間42分を15,935字で、どうぞ🤗

【目次】
ー質のいいインプットとは

ー写真屋と写真家の違い

ー写真家のインプット

ー「語れること」は必要条件?十分条件?
ー時代の流れを予測してみる
ー写真・映像はどこへ向かうのか
ー映画という憧れ

💡VIDEOGRAPHERS TOKYO(以下VGT)は、
birdとしては、昨年シュンタロウ・林(阿部がサポート)で参加。
今年はシュンタロウが「ビデオグラファーの新定義」というテーマで話した。

💡Photographer & Cinematographer CREATIVE PRESENTATION (以下 PCC)は、
80人のカメラマンが5分ずつプレゼンテーションをし、
錚々たる面々からコメントをもらうというイベント。シュンタロウが参加。

林:VGTやPCCを先週見て、刺激を受けていろんなことを考えたので、
みんなの考え方もいろいろ変わったんじゃないかな、と思って
今回ライブ配信をすることにしました。
(ライブ配信はこちら

VGTは昨年と比べてどうだった?
シュンタロウ[以下 シ]:参加する人にとってはオンラインの方がよかったと思う。
でも、一体感はオフラインの方があった気がする。
去年はたしか参加者200人ぐらいだったと思うんですけど、
今年は1000人で、単純に5倍見ていたということになる。
見てくれる人が多かったっていうのはよかった、と裏でも話した。

林[ずっと 林]:YouTube色は強くなったかな、と。
YouTubeで力を持っている人と、YouTubeコンテンツを作っている人が増えた。
あと若い登壇者もいた。
ただ、イベント自体は30歳のためのイベントだったな、という印象。

桜屋敷[以下 屋]:「すごい映像を撮る」というよりは、
ビデオグラファーのスタイルや性格など、「絵」の部分以外での強さを感じた
映像のレベルは平均的にすごい上がってきているから、
それ以外の部分での付加価値を訴える部分が多かった印象。

シ:たしか大石さんも言ってたけど、ビデオグラファーが既存の分野として固まっちゃったよね
前は新しいことをやる人たちっていう印象だったけど、
「安く良さげなコンテンツを完結してつくれちゃう人たち」という指標のようなものができてしまった。
そこにいたらどんどん参入してきちゃうから、他の人との差別化ができない

どう差別化していくのか、というところで
上の世代は既に5-6年やってきているから、「やばいな」という波の中で、どうするかを考えている。
下の世代はむしろそういうのを考えずに新しい面白いことをしてるイメージ。
彼らは今の状況が当たり前のところから始めてるから、
「いけるんじゃないかな」という感覚で動いている印象。

屋:若い世代にとってはレベルの高い映像が当たり前になっているような気がする。
曽根さんの’’どんなことを思ってこういう映像を撮ったんですか?’’という質問に対して、
(YPさんが)’’バイブスっすね~’’と答えていて。
すごいなーと思いながら、バイブスってなんだろう、、、って(笑)

シ:バイブスって何ですか?久保山くん。同世代として。

久保山[以下 久]:若い世代がというよりは、ミュージック方面で活躍している人は
そういう感覚の人が多いのかな、というかんじはありますね。
ミュージックビデオっていう性質そのものが、特にHIPHOP系は、ノリなので。
(←久保山くんはラッパーマニア)
若い人でも理論派な人はいるはず。

林:若い世代の中でも、YPさんは理論派で、スパイキージョンさんは感覚派だと思った。
スパイキージョンさんは、僕はけっこう前からファンで、ずっとインタビューとかも見てる。
彼のキャラクターも見てたから、らしいな、かっこいいな、という印象だった。

傾向として、歳をとるにつれて人は語るようになるよね。
自分もハタチぐらいの時は何も語ってなかった。
語れるものがなくてもノリで素晴らしい映像を撮れる人が、語れるようになった時が強いですよね
感覚だけだとどうしても古くなっていくから

PCCはどうだった?
林:PCCの方はけっこう直球というか。
「ど真ん中」っていう言い方がよくない、という話が出ていたけど、
「ど真ん中」とつい言ってしまいそうな人たちもけっこう出ていた。

VGTの方がコンテンツとしては軽かった。
ビデオグラファーという定義そのものが「一人で何でもできる」というような意味だから。
どちらかというと考え方だったり、同世代と一緒に上がっていく、という話が多かった。
PCCは本当に力のある人がぶつけていく、というかんじ。

VGTを見て、技術だけだとみんな似たようなものだからこういう方面になってきているんだな、と思った。
PCCを見て、やっぱり力がある人っていうのはずっと生き残るよね、というのをすごく感じた。

シ:ダルビッシュみたいな話だからね。化物クラスを目指す、みたいな(笑)
そういう世界はそういう世界でずっと存在するし、大きいコンテンツづくりの世界だと、
各分野のプロフェッショナルとして、そういうものが求められてくよね

それを目指す人は目指してやっていけばいいと思うんだけど、なかなか大変な時代ですよね。
昔は狭い世界だったからある意味ごまかせた部分もあったと思うんだけど、今は広くなっちゃいましたからね。
世界中に向かって。

阿部[以下 阿]:誰でも撮れる、というところがね。

シ:昔も誰でも撮れたんだけど、なぜか参入できるルートが限られてたんだよね。
例えば、映画を撮ろうと思ったら東映に行かなきゃいけない、とか。
そういうルートに乗っからなければいけなかったけど、
今は全然知らないカメラマンでもディレクターでも、
「いいものつくれたらそれでいいじゃん」という流れ。
その中での差別化はまじで大変だな、と感じる。

質のいいインプットとは

林:VGTを見ている人たちだけで繋がっても、戦いになるだけだなと感じた。
シュンタロウさんがVGTに出てくれたおかげで、見てくれた方は僕らに対して好意的じゃないですか。
だけどそれで居心地が良くなっちゃうと、まじでインプットが内輪になっちゃうから。

だからTwitterでもつぶやいたのは、
半分以上は動画業界・写真業界じゃない人たちをフォローしなきゃだめだなって

屋:林くんのツイートを見て、僕もさっそく5人ぐらいフォローしました。

シ:素直だな笑 えらい!ちなみに何業界の人をフォローしたんですか?

屋:ウェブマガジンの人とか。便座カバーを作っている人とか。韓国の雑誌を作ってる人とか。
あと僕は映画をつくってるんで、恋愛のアカウントとかも初めてフォローしてみたんですよね。
すごい勉強になって、その人のつぶやくことがどっしりきちゃうんですよね。
例えば、
「友達以上になりたくて付き合ったのに、別れたら友達以下になっちゃうの、
どう考えてもおかしいでしょ」とか。
こういうのを見ながら、次こんな映画撮りたいなーとかいうアイデアになるなーと思ったり。

林:屋敷さん、それで急に恋愛系のツイートしてたんだ(笑)

屋:日常についてつぶやいてる人とつながりたいな、とか思ってます。

久:そういう風に、単純に見聞きしているもので作品に影響出てるな、と思ったことがあった。
YPさんと林響太郎さんと永久さんが話している時に、
林さんとYPさんが「テレビとかほぼほぼ見ない」と言っていたんですよね。
それに対して永久さんは「お笑いをめっちゃ見るし、深夜ラジオもめっちゃ聴く」と言っていて。
YPさんと林さんは、映像美の中にストーリーが裏テーマとしてある映像が多いなと思うんですけど、
永久さんはシンプルに話としてストレートに面白さを追求している感じがして。

若い世代はテレビをあんまり見ていないから、
そういう「美しさを追求する」というのが増えていくのかなってちょこっとだけ思いました。

林:インプットって年齢によってちょっと変わってきてたりするじゃない。
長久さんとかは電通で働かれていたのもあるし、かなり広いインプットをしてきてると思う。
仕事になって、しかもそれがうまくいってると、インプットって偏ると思うんですよ。
自分の長所を伸ばすようなものが増えるというか。
三者三様だな、と思いましたね。
それぞれのバックグラウンドが出ているし、それにプラス年齢も出ているような

シ:たしかに。僕は物語を面白くつくるには、インプットの多様性が必要だと思う
オンラインだけでインプットすると、確実に自分が見ているものに偏るんですよ。
僕本好きじゃないですか。昔は本屋に行ってたけど、今はほとんどアマゾンで買っている。
そうすると「知らなかったけど面白かった」という本にはほとんど出会わないんだよね。
リアルの本屋に行くと、そういう本に出会うわけですよ。ひたすらサメの研究してる人の本とか(笑)

テレビもある意味そういうところがあって、
自分は全然興味なかったけど意外とそこで手に入れてる情報もある。
そういう複雑なインプットとか経験が物語に多様性を生むと思う。

だから、YouTubeから映像をやり始めて、そこからストーリーものの映像をやるのは
結構しんどいんじゃないかな、というのはちょっと思う。
1本2本はできるんだけど、そこからずっと作り続けるには、
変な経験がある人の方が強いんだろうなって。
例えば、毎晩バーに行く人とか。
そういうところで知ったよくわからないおじさんの話とかが経験になるんだよね。

僕が子役をやってた頃に言われたのは、その世界だけにいちゃダメだよっていうこと。
大学も行って、ちゃんとやりなさいって言われた。
演劇は見聞きしたことを再現するっていう世界だから、再現できる元がないと全部嘘になっちゃうんだよね。
物語は基本的にそういう構造になってるから、インプットに偏りがあると難しいと思う。
ドキュメンタリーみたいに、相手に物語が既にあってそれをどう撮るか、
という話だとけっこう成立するんだけど。

林:やっぱり近くに本屋ほしいですもんね。悩んだ時に本屋に行くと、打破されるというか。
これからは「自分のインプットを公開する」ということが流行ってくると思う。
有名な人たちが今週インプットしたものはこれ、っていう。
今まではアウトプットからその人のインプットを予想することが多かった。
楽天のROOMとかもそうじゃないですか。
写真映像業界でも、コンテンツとしてそういうことだけやるサイトとかが出てくると思う。
自分で本屋に行けばいいんですけど、そこをさらに楽させようとするサービス。

シ:管付さんも「今月の10作品」みたいなのを出してるけど、あれは毎回すごいなーと思う。
こんな多様なものを全部見てるんだ、と感動する。

林:ちょうど僕がそれをやろうと思っていて。自分のインプットを強化する意味でも。
自分のインプットがしょぼいなって思ったら出しにくいじゃないですか(笑)
noteを書くとなると大変だけど、インプットしたものをガンガンあげて一言コメントを入れるぐらいだったら
日記的な感じでできるかなと思って。

写真屋と写真家の違い

阿:PCCを見てすごく気になったのは、写真を撮る人には写真屋と写真家がいるという話。
写真家は、「シグネチャー」と呼ばれる、個人の想いが出ているものを撮る人。
写真屋は、技術に特化していていろんなジャンルを撮れる人。
自分はどこにいるべきなんだろうっていうのをすごく考えさせられた。
改めて言葉で表すことで、その人が写真屋なのか写真家なのかっていうのがパッと分類できるようになった。

林:青木健二さんって職人ですよね。クライアントの要望を自分の中で消化して、
「作品」と呼べるレベルのものを毎回出す、みたいな。
そういう人はどっち?

シ:青木さんは写真家だね。クライアントワークだからとか、技術の有無っていうのは関係ないかも。
技術は下手くそかもしれないけど、「自分はこれをやる」という決意があるかどうかが違う、
という話をしていたと思う。
「自分はこれしか撮れない」という風に、選択肢を自分から減らしていくことを考えてない人が写真屋
青木さんの写真は、見たら一発で青木さんの写真だって分かる。
「シグネチャー」があるっていうのはそういうことだと思う。

ただ、写真屋でやるなら技術がない限り最終的に生き残れないというのはある。
写真家はもしかしたら技術がなくても生き残れる可能性はあるかも。
言われたら何でも撮るっていう姿勢は写真屋っていう分類になると思う。
写真家というのは、なろうと思ってなるもんじゃないな、と思う。気がついたらなっちゃってた、というような。
どうしてもそういう生き方しかできない、という世界かなと思う。

作家と編集・ライターは違うじゃん。作家は「これしか書けない」というかんじだけど、
編集・ライターはなんでも書ける。これしか書かないっていう人もいるのかもしれないけど。
基本的に作家性ってそういうものだと思って。

阿:PCCで、写真家として「シグネチャー」はもともと持ってるものだと言われていて。
自分は果たして持っているのか、というところで自信がなくなった。

シ:みんなあると思うんですよ、本当は。発露するかは別として。
選択肢の幅を狭めていかない限りは無理なんだろうな、とは思う。安全な生き方では全くなくて、
けっこう博打的だと思う。もともと勝手にそうなっちゃう人だったらいいと思うんだけど。
そうじゃない人が目指すなら、意図的に自分ができることを減らす必要があると思う。
「こういう世界観でしか撮らない」という風に決めていけば、どんどん世界観は作られていくんだろうな、と思う。

写真家のインプット

林:写真家の人のインプットはどうなんですかね?

シ:かなり極端だと思う。幅広いインプットとかじゃないと思う。
無自覚だと思う。それしかしない。
その人にとっての当たり前の世界が、一般の人とズレてる場合に起こるんだと思う。
作家を目指すにしても、最初はインプットを広げた方がいいと思う。
過去の事例とか、今何が流行っているかとか。

ただ、ある時点で、同一分野からのインプットを捨てないといけなくなると思うんですよね。
例えば写真をやるなら、写真のインプットを見ない。雑誌とか、写真展とか。
「近い分野のものは全く見ない」という選択肢を取る人はけっこういるなと思う。
建築家でいうとフランク・ゲイリーもそうだし、デザイナーでいうと北川一成さんとか。
インタビューで読んだのは、北川さんが何かの展示に並んでいる時に、
「俺は並ばせたい側にいきたいのになんで並んでいる者の側にいなきゃいけないんだよ」って思って
そこから見るのやめた、みたいな。

でもいきなりやるとだめだと思う。
その人はそこまでに相当なインプットをしてきたからそれで成り立つけど。
あんまりインプットをしてない人がそれをやると、ただただ何も知らない人になっちゃう。

相当インプットしてきたのであれば、ある時期にその分野のインプットをやめる決断をすると、伸びる。
今何が流行っているかわからないので、もう自分の感覚で撮るしかなくなる。
そういう戦略の立て方をするのはあるかもしれないですね。

屋:インプットできなくなるんじゃないですか。
僕も自分の映画をつくっている時、他の映画は一切見れない。
日本映画とか、同じジャンルの映画が見れなくて。アクション映画だったり、
自分が撮っているものとはかけ離れている映画だったら何も考えずに見れた。
それとちょっと似ているのかもしれない。

シ:だからこそ、作家は長くは評価されないんですよ。
ある一定の時期に突き抜けて、その後そのまま評価されてるパターンはあるけど。
時代の流れの中で当たるところが1点しかないので、ある意味で作家は一発屋だな、といつも思う。

森山大道さんなんて60年代・70年代にアレ・ブレ・ボケで『プロヴォーク』で出てきて、ずっとそのイメージじゃん。
いまだに誰かが意味付けするから再生産されてるけど、
基本的には時代が変わったら
次にまたその波がもう一回ぶつかるまで波はこない。
それでもいい、と思ってやらなきゃいけない。
コマーシャルの世界で第一線でやっていくんだったら、
変化させながらやっていかなきゃいけないというのはある。

ファッションフォトグラファーでいうと、イネス&ヴィノードとか
すごいシグネチャーあるけど第一線で活躍している。
でもあの人たちは究極の写真屋だな、と思う。
少しずつ自分のスタイルを変化させながらずっと一線でやってる
究極の写真家はほぼ写真屋みたいなところもあったりする。

篠山紀信さんとかもめちゃくちゃ強い写真を20代でつくってるけど、その時の写真と今の写真は全く違うからね。
あれは時代を読んでその時代に適したものをつくる才能だから、完全に写真屋だと思うんですよ。
突き抜けてるから写真家に見えちゃってるけど、本質は写真屋だと思う。

阿:杉本博司さんは写真家とか写真屋ではないんですかね?

林:哲学者に近いんじゃない。芸術家かな。写真をツールとして使ってる人の究極みたいなイメージ。

シ:写真を一個のメディアとして使ってる。「メディアアーティスト」じゃない?今風の言い方で言うと。
当時そう言う言葉がなかったけど。写真とは別の文脈の中で動いてる。
篠山紀信さんと杉本博司さんは同じ写真家っていう言葉でくくれるけど、
そのカテゴリーの中でいうと対極みたいなところに位置してると思う。

林:杉本博司さんとかはインプットがめちゃくちゃ広いんだろうな。

阿:確かに。何でも知ってそう。

屋:杉本さんは撮ってるものが時代を超越してるものが多い気がする。

林:杉本さんの写真作品は、自然の印象がすごい強くて。
例えば、「海」って1万年前も1万年後もほとんど表情を変えずにあるものじゃん。
それを小手先のテクニックとかじゃない領域で撮ってるから。
海」がなくなったら古くなる、みたいな。
「雷」がなくなったら古くなる
、とか。もし人類が雷を知らなかったとしたら、、、
そしたら逆にめちゃくちゃ新しいものになるのかな(笑)

「語れること」は必要条件?十分条件?

林:PCCに出てる人は全員、自分の作品についてすごい語れる人だな、と思った。
〇〇ができて語れるっていう人しかあの場にいなかったような気がする。
語れるだけでもダメだし。
だけど語れない人は一人もいなかった、みたいな。

シ:写真屋的な、職業カメラマンが多かったんじゃないかな。
写真でも映像でも、職業カメラマンにとっては技術体系が形式的になっているかっていうのが重要だと思う。
暗黙知形式知っていうのがあるんですけど。
暗黙知は、自分が気づいてないようなこと。例えば、その人の癖とか。
形式知は、要は「語れること」。どうやってこうなったのか。
職業カメラマンは、形式知でしかほぼほぼ成立しないと思う。
「なんとなくこうやったんですよね」だと仕事が来なくなっちゃう。

今回のは「仕事をもらおう」的なポートフォリオレビューだったので、形式知でやってる人ばかりが集まってた。
そうではなくて、パリフォトのような作家ばかりのポートフォリオレビューになると、もちろんみんな語るんだけど、
よくわからないけど凄いものをつくってる人がいるんですよ。
そういうふうに暗黙知だけでつくれちゃう人もいるから、必ずしも必須のスキルではない。
ただ、仕事にしたいなら「語れる」ことは必須のスキルだと思う。

作家としても、だれもが分かる作品じゃないレベルのものしか作れないのであれば、
誰かに見出してもらうために、「職業としての作家」として語れなきゃいけない。
パリフォトでもステートメントが必要で、何をしてるかが言えなきゃいけない。

自分がプロデューサーとか買いつける人だったら、その人がどれだけ再現性がある人なのかが気になる。
この作品はめっちゃいいけど、別の作品はドベ、とかだと困っちゃうから。
毎回同じレベルの作品をつくれるかどうか、というのは言葉で測れると思う。

やり始めの人っていいものをつくる時もあれば、たいしたことないな、というものをつくる時もあるじゃないですか。
あれは形式知化してないんだよね。半分暗黙知で半分形式知、みたいな。
形式知が強い人だとクオリティーが安定する。

久:単純に、しっかり説明してくれると安心、というのはありますよね。何言ってるかわからないと
不安になっちゃう。説明力が高いと聞く耳を持てる。どれだけいいことを考えていたとしても、
伝える力が高くないと。写真を撮る上では必要ないかもしれないけど、「こういう風に写真撮ったんだ」と
説明するときには持っていて得する力ですよね。

林:写真・映像に関わらず、大体の場合言葉を発しないといけないですからね。
肉体とか体力を売りにしている職業以外は、一言も喋らずに1日を終えるのって結構難しい。
会社だと、必ずしもトップの人が喋れる必要はないけど、トップに近いところで喋れる人がいる必要があるな、と思う。
トップが喋れない場合でも、この人だけはトップがやりたいことを分かっているっていうNo.2がいて、
その人が部下に伝えていく、というように。

シ:たしかに、他の人がサポートしてくれるなら、という条件はありますよね。
言語化できる・できないというわけじゃないけど、エキセントリックな人に対して、
それをサポートする人がいるというパターンはけっこう一般的な組み合わせ。

時代の流れを予測してみる

シ:今ドキュメンタリーっぽい映像をやるのはけっこうしんどいな、と思う。
大石さんみたいに、ドキュメンタリーの中でも何を突き詰めるかっていうのを考えないと。
求人出しててドキュメンタリー映像やりたいっていう人めっちゃ来るけど。
多いな、みんなやりたいんだな、と思う。
「時代がそうだから」ということでそっちにいくと、しんどい戦いになる。
その中でどこに色をつけていくか。
自分の強みが何のかを考えないと、きつい
かな。

林:久保山くんは憧れのフォトグラファーとかクリエイターっていますか?
(birdの若者代表は久保山くん🐈)

久:始めた頃から変わらずに憧れるフォトグラファーは瀧本幹也さん、映像作家だと柘植泰人さん。
僕らの世代は、奥山由之さんとか石田真澄さんに憧れて写真を始める人はめちゃくちゃ多いな、という印象はある。

シ:入り口はそうだろうね。

林:奥山さんは尋常じゃない数のフォロワー(奥山さんテイストの写真を撮る人)が増えたからね。
奥山さんのテイストが時代のスタンダードになってしまった感はあるよね。
そういう意味では、瀧本さんはフォロワーになりたいけど、何をもって瀧本さんフォロワーなのかは全然分からない(笑)
発想の型があるわけじゃなくて、その場で考えに考えてあの形が一番いいと思ったっていうタイプの発想の仕方だから、
フォローのしようがないですよね。

シ:空気感とか色合いとかも特徴的なんだけど、技術的な力であれぐらい面白い発想・アイデアを現実化できる人が
ほとんどいないから、フォローのしようがない。
白鳥新太郎さんと瀧本さんはちょっと近いな、と思っている。
白鳥さんの実現力で、さらに上田義彦さんのような作家性に寄せていくと瀧本さんのポジショニングになる。
究極の写真屋さんと究極の写真家さんのいいとこ取り、みたいな最強に近いポジション。

久:フィルムっぽいトーンって、ブレードランナーのようなプロのガチッとしたっていうよりは、
一般の人にも近い写真じゃないですか。
一般の人もちょっと手を伸ばせば撮れるようなものが流行ってるのかな、というかんじはする。
フィルムとかも爆流行りだけど、徐々に変わっていくのかな?

シ:日本は流行りすぎ感はあるけど、世界中のムーブメントと日本のムーブメントは
ある程度共通しているかんじはある。
2000年代は完全にデジタルだった。デジタルでめちゃくちゃ加工して現実離れした世界観をつくる、
というのが流行っていて。フィルムでつくっててもフィルムに見えないぐらいのルック。
フィルムで撮った写真をそのまま高解像度でスキャンしてPhotoshopでどういじるか、
みたいなのが主流だった時代があった。
その前の90年代は今リバイバルしてるような写真が流行ってた。

だいたい10年ぐらいのスパンでデジタルっぽいのとフィルムっぽいので交互にきている感はあるから、
僕は2020年からの10年間はデジタル寄りだと思う。
デジタルを使った表現で、Photoshopでどうこうしようという話じゃないかもしれないけど。
フィルムは文化としては全然残っていくとは思うけど、今ほどは流行らないんじゃないかな。
今までの傾向からそういう流れを予測できるよね。

林:難しいですよね。本当に予測できたら自分でつくれちゃうわけで。
iPhoneがフラットデザインになる前って、アプリのアイコンとかが全部立体的だったわけじゃないですか。
その時はInstagramも今と全然違うちゃんとしたカメラのアイコンで。
その時はそれがかっこいいなって思ってたけど、フラットデザインになってからみるとしょぼくて。
フラットデザインも今、ちょっとしょぼいんじゃないかっていう話に変わって、
ニューモーフィズムに変わってきて、BMWがロゴ変える、みたいな。
もう少し経つとフラットデザインもなんでこんなにダサいのを使ってたんだろうなって、ここ数年でなる。

いつの間にか自分の感覚が変わっていて、ニューバランスがかっこよく見えるのもいつの間にか変わってた、となる。
変わらないことの方がこわいんですけどね、自分は。
自分は変わらないものを持った作家タイプではなくて、時代に合わせていくタイプだし、
その方が好きだなと思っているので。
人よりちょっと早く変わりたいっていうのはありますね。
「フラットデザインよりニューモでしょ」って言っていたい。

シ:何が来るかは分からないけど、大枠の流れは歴史上の流れと大体合っていて、
そんなに大きくずれることはない
んじゃないかな。
コロナみたいなのが来るっていうのは予測できなかったわけだけど、コロナによってなされてるこういう試みは、
未来予測の中にあった範疇でしかないので。それをやる時期が早まったっていうのはあるけど、
ある程度見えていた部分はあるんじゃないかな。

久保山くんがフィルムっぽい表現に飽きてきたっていうのは重要なファクターだと思う。
僕も思うし、みんな思ってるんじゃないかな。「あ、もう次に行くのかな」っていうかんじはある。

bird and insectのポジションは?

屋:PCCを見て、みんなのポートフォリオに時代性はありましたよね。
僕たちが撮っている作品は、そことはズレているのかな、と思った。
流行の中で撮っているかんじじゃないということを感じた。いい意味でも悪い意味でも。
僕らの作品を客観的に見て、時代のど真ん中でもないし、かといって外れているわけでもないし。
ブランディングとかそういうところを含めて考えると、時代性に捉われない映像を作れるのかな、と思いました。

林:VGTを見てても感じましたね。練度はもっと必要だな、と思った。全然もっと。
でも、大きな方向性は間違っていないな、というのを感じた。
菱川さんがおっしゃったことも、うちでも話したよね、ということが多かったし。練度は違っても。
シュンタロウさんが話してたことにピンときていない人が多かったのはすごい良かったな、と思った。
みんながピンときていたら、僕らは時代の渦の真ん中にいるということなので、やばいと思って。

シ:写真とか映像の練度という意味では、まだまだ改善の余地がめちゃめちゃあるのは、本当にそう。
特に映像は素人から始めてるので、技術力はここからだと思う。
頼んでる人もそう思ってると思っていて。
CMとかものすごいクオリティーのものをつくろうと思っていたら、うちには頼んでこないだろうな
っていうのはある。いつ頼まれるようになるのかは知らないけど。
頼まれないかもしれないし(笑)
ある意味、そこではないところでの勝負だな、という感じはすごいありますね。

元から長く使えるものを残そうとしてる。つくろうとしている。
ビジョンとかミッションってころころ変えるわけじゃないので。
当たり前ですけど、ブランディングしたら数年、下手したら10年以上はそれを使い続けるわけだから。
今のトレンドにあったものを出すっていうのはあんまりベターな選択ではないと思っていて。
やっぱり本質的にそれが伝わってるか、というところが重要になってくる。
だからけっこうノーマルなものに寄っていっちゃうんですけど、
そこは重要視している点が違うのかなと思いますね。

林:もっと’’深み’’が出ると良いなっていう感じですよね。
僕が思うに、上田義彦さんとかはスーパーノーマルみたいなイメージだけど、
写真の教科書すぎて100年後も教科書になる、みたいな。
本当にノーマルはただのノーマルなんですけどね笑

’’深み’’っていうのは「深みを出したいから、じゃあ深みを出しましょう」みたいなことにはならないですよね。
言い方は難しいけど、5年後ぐらいにみんなが当たり前に言っているようなことをbirdは今考え始めてる
ような気はする。

シ:僕もVGTとPCCに出ていて思ったのは、戦略的な部分は全く間違ってないというか、
このままいけるなという感触はすごいあって。
細かい部分で表現とかがまだまだ、これ上手だな、とかこれかっこいいな、とかはあるけど。
そこは会社としては戦術レベルの話なんですよ。だから個々人頑張って磨いてください、みたいな。

林:めちゃめちゃ乱暴な言い方をすれば、戦術部分ってめっちゃ優秀な人を一人雇えば良い話じゃないですか。

シ:FF7ですよ。冒頭からいきなりクラウドを雇ってしまえばいいんですよ(笑)

林:birdが他の会社と違うのは、クラウドを雇えば簡単だということは分かっていつつも、
みんなで育っていこうとしている。シュンタロウさんがミッションであげている、
「クリエイティブは才能じゃない」というのもそう。クラウドを雇うのは最終手段みたいな。

シ:強い仲間を集めてしまうと、それはそれで違う形態になっちゃう、というのはありますよね。
戦略的には自分たちがやろうとしていることは間違っていないだろうと何故思うかというと、
戦略をずらしているから。
写真・映像業界では新しいんだけど、ビジネスとかデザインの業界では
それがメインストリームで、そのやり方をもってこようとしている。

インプットとして映像業界がどうなっているのかは実はあまり見ていなくて。
僕の中ではあまり興味がない。
それよりも、ビジネスの文脈で今何が起きているのかを見て、それを映像に応用できないか
というのはすごい考える。

写真・映像業界はどこに向かうのか

林:本当に予測できたらいいですけどね、先回りできるから。
でも例えばVGTとかを見て、こういうトレンドだからってそれをやるのは相当遅いわけじゃないですか。

シ:そこの先駆者が出てるわけだからね。

林:先駆者が「人に教えてもいいな」と思っちゃってるレベルの話ですからね。

シ:写真業界に関しては、写真表現のレベルで言えばデジタル表現だと思う。

林:映像も、YPさんがVRについて熱弁してた時、割とまわりがポカンとしてたなと思って。
それの面白さがまだ分からない、みたいな。ということは、VR絶対くるな、と思ったんですよね。
本当にこれは主流になるかもな、と初めて思った。

シ:ちょっと前までVRって制作においてはあまり使えなかった。便利なグッズ的な使い方はあっても。
そこを利用した作品の制作はこれからきそう。

林:生活という意味ではARの方がもっとくると思うんですけどね。
ARは、7-8年前にiPhoneの画像の上に投影するっていうのが一回きて、そこからやっぱりVRじゃね?ってなった。
今はGPSの精度が改善される見込みで、今後位置情報だけで店の中の商品の上にARを出せるレベルになると、
完全に生活に溶け込むだろうな。

シ:映像はドラマ方面に行くと思うんですよ。今ドキュメンタリーに振れてるから
物語・ストーリー枠になった時に、VRはストーリーに没入できるっていう利点があるので。
そのトレンドが技術的なレベルアップと当たって何かくるんじゃないかな、とはちょっと思っている。

林:やっぱり映画から、ですかね。
「なんで俺は第三者目線で主人公の活躍を見なきゃいけないんだよ」っていう気持ちはずっとありますもんね。
「俺が主人公になりたいわ」って(笑)
ゲームは昔からそうなわけじゃないですか。マリオとかは客観的な視点だったけど、
いつの間にか自分目線のものが主流になってた。

シ:たしかに、自分がプレイヤー目線ということはゲームの世界では珍しくなかったよね。

林:映画も『ブラック・ミラー』のバンダースナッチみたいに、結末を自分で選ぶやつとかは
試みとしてはけっこう出てきているけど。そういう意味ではゲームの方がはるかに進んでいる。
ポイントは制作コストがいかに下がるか、ということですよね。
全部VRでつくっちゃえば、どこにだって移動できちゃうわけだし。
ただ、それはもう既にゲームなんじゃないか、という話になりそう(笑)
「映画とゲームって昔は別れていたんですね」みたいな。

久:最近ゲームも映画ですからね。

林:そもそも実在の俳優出てるじゃん、みたいな。不思議ですよね、あれは。

シ:でもやられてみるとそういう状況を当たり前のこととして受容しちゃうよね。

林:もう普通ですよね。最近僕はゲームは実況しか見れなくなっちゃった。
喋らない人のゲームの実況を見るのは、映画的な楽しみ方ができる。
映画は、自分の自由意志がないということ自体にも価値があると思う。
自分の意思で選べちゃったら、それって自分なわけだから。
「なんでここでこれを選ぶんだよ」っていう楽しさが映画にはある。

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「映画の’’バッドエンド’’は、なんでバッドエンドなのに’’いい’’のか?」
という最も盛り上がったトピックがここで入ります。が、この時点からライブ配信終了まであと40分なので省略🙇‍♀️
これは YouTubeで見た方がきっと面白い!【1:58:30】辺りからです〜
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映画という憧れ

林:これは映像制作者あるあるだと思うんですけど、何のアジェンダから話し始めても、
最後はなんとなく映画の話になってしまう(笑)

屋:VGT見てて、最後「今後は何したいですか?」っていう質問に対して、
「映画を撮りたいです」って言う人が多い

林:やっぱり終着点なのかもね。逆に映画監督が次にやりたいことは何なんですかね?

シ:でも映画監督はずっと映画撮ってるよね。

林:映画にたどりついたら最後、映画しか撮れない体になってしまうのかも(笑)

シ:「映画を撮りたい」って言う人がここまで増えたのは、間違いなく、
今までは映画はある一定のプロセスでしか撮れなかったから。
一般の人は夢を見ることもできないくらいのレベルだった。
でも、今はできるんですよ。実施のレベルだったら、本当に誰でもできちゃう。
そういうことがあるから、「映画を撮りたい」という欲がそのまま言葉になって出ちゃってるんだと思う。
その世代がまだ、映画をめっちゃ撮って撮り切った、巨匠レベルにはまだなったことがないと思うんです。

今の映画を’’撮り切った’’世代って、松竹とか東映とかでやってきた人たちだから、
映画の世界でしか生きられないような人たちだから、その先ってないと思う。
だけど、これから先の世代は、映画を5本ぐらい撮ったら飽きて違うことやってる人が絶対出てくると思うんですよ。
「ここから先は空間ですよ」って言って空間デザインを始めちゃう、みたいな。

林:いい’’レール’’なんでしょうね。例えば、「Vlog撮りたいです」とか言ってたら、「今日撮れよ」ってなる。
でも「映画撮りたいです」って言ったら、すぐにはできないけど頑張ればできるであろう、というレベル。
VGTの人たちはかなりガチで映画を撮りたい人たちだと思うんですけど、
ファッション系の人たちで「映画を撮りたい」って言ってるだけの人もいっぱいいると思う。

シ:それと同じことが起こってるのが、音楽なんですよ。ミュージシャンって、
なりたくてなりたくてなると、その後やめないんですよ。売れなくならなければ。
売れてる人でやめるということはほとんどないじゃないですか。
だけど、ぼくのりりっくのぼうよみはすぐ辞めたんですよ。だからそういう世代がきてる。

だから映画も同じだと思います。それぐらいまで作るコストが落ちるというか、
人生を賭けなくてもできるというか。
それは別に良い・悪いではなくて、ただそういう構図に変わるんじゃないかな、と思う。
’’映画を作るブーム’’というか、’’物語ものブーム’’が絶対に来るので、そこから先には必ず映画がある。
ここからは映画の時代ですよ、屋敷さん!

屋:一応は映画をちゃんと撮った人間がbirdにもいるということで(笑)
僕も「映画をつくり続けたい」というのもあるけど、映画をつくること以外でも
「日本の映画界に貢献したい」という思いが最近すごいありますね。

林:僕は「世の中に貢献したい」という一個上のレイヤーの欲が今まであまりなかったけど、
前よりは出てきている。
シュンタロウさんと面談した時に自分で自分に気がついた。屋敷さんはすごいよね。

屋:単純に、「悔しい」という想いから行動しちゃうかもしれない。
韓国の「パラサイト」が賞を獲ったのを見て、いいな、悔しいな、という気持ちからくることが多いですね。
日本の映画のシステムっていうのが伸びないだろうなってすごい思ってるので。
そういうところを変えていけたらいいだろうな、と思う。自分にとっても、birdにとっても。
良い形が見えたら良いなと思っている。

シ:そこで何かアクションを成し得ると、結局それが自分のクリエーションにも戻ってくると思うので。

(阿部くんが作品のキャプションを書き上げられていない事件😂YouTube2:28:26】辺り)

最後に

林:まとめると、VGTを振り返ってみたのは、
時代の流れっていうものはあるけど、VGTにその流れが現れてきている時点で1年遅れぐらいなので。
そこを考えていてはだめなんじゃないですか?ということ

VGTを見ること自体はめちゃくちゃいいこと。めっちゃ役に立つ。

シ:全部の指標として考えちゃだめってことですよね。
戦術のインプットとしてはすごく優秀だけど、戦略はなんだかんだ自分で考えないといけないよね。
登壇者はみんな違うことを考えてると思う。

林:「これを外部に話してもいいと考えた登壇者は、いったい今何を見ているんだろう」ということを
考えた方がいいかもしれないです。

シ:裏側で話していることがけっこう面白いというか、
言わないけどもうちょっとこういうふうにしようと思ってるな、ということも感じたりした。
どうしても公の場になるとポジショントークみたいになっちゃうから、
どこに向かっていくのかというのは自分で考えて、
自分の武器を活かしていけるところでやらないといけないですよね。
結局「ビジョンを考えよう」ということですね。

林:どの業界でもそうだし。人生そういうこと。

阿:ビジョンがあると一個一個の行動に現れますから。

シ:だから作品のキャプションも書けないわけがないんですよ(笑)

阿:そうですよ。焦ることはない。

林:ということで、皆さん、阿部くんを応援してあげてください!

ありがとうございました〜!!!
🐈 🌱