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CASE STUDY

クリストファー・ノーランから学ぶ、予算の制限を感じさせない映像の作り方

Yusuke Hayashi

映画「TENET」が大ヒットを記録したクリストファー・ノーラン監督は、僕のお気に入りの監督の一人です。
今回はノーランが監督した3つの作品から映像のクオリティと予算の関係について考えていきます。
彼の映画の作り方を観察すると、予算感を感じさせない映像作りのノウハウが見えてきました。

こんばんは。bird and insectの林です。

最近はYoutubeばかりでブログを書く腰が重くなりまして。。
かなり予定を遅れての更新ですw

今回、映像のクオリティの予算の関係について書こうと思ったのですが、以前屋敷さんが同じようなテーマでブログを書いておりました。
映像のどこにお金が使われているか分解して分かりやすく書かれているので、是非!

【映像とお金の話 3.0 -映像はなぜそんなにお金がかかるのか-】

 

この記事では、少し読み物として楽しめるように実際の例を出して予算が映像にどのような影響を与えているかを書きたいなと考えていたところ、海外でちょうどいい動画を見つけました。

https://youtu.be/E_qXznYj6KI\

映画「Inception」「Inter steller」「TENET」などの超大作の監督として知られるクリストファー・ノーラン監督の作品をリファレンスに、予算が映像の質に与える影響を読み解くというものです。

こちらを要約しながらブログを書いていきたいと思います。

ノーランは作品ごとに予算を獲得し、非常に速いペースで大規模な映画を撮るようになりました。

最初は自主制作の「Following」。これは6000ドルの予算だったそうです。映画という長尺で6000ドルということは、CMなどの短い尺で言うと1000ドル=10万円程度の予算しか無かったのとほぼ同じかと思います。

 

次の作品の「Memento」では900万ドル。
約10億円というとすごい予算のように感じますが、「短尺の映像で概ねこの映画と同じレベルのルック(キャスト・カラー・ライト・ロケーションetc…)を作る」ということだけを考えると、CMなどで言うところの300-1000万帯の規模ではないかと思います。

そして「Inception」では1.6億ドル。これは文句なしの予算で、CMで言うと3000万円-億円規模のものになるかと思います。
これだけの予算の違いが、映像のクオリティにどのような影響を与えているのでしょうか。

 

6000ドルで撮られた低予算映画「Following」

まずFollowingでは、ノーランは撮影に16mmのモノクロフィルムを使っています。
これは35mmのカラーフィルムを使うのに比べて遥かに安いことに加えて、モノクロで撮ることで現場のあらゆるもののカラーを厳密にコントロールする必要がなくなり(色ごとにモノクロになったときの明るさの出方が変わるので色のコントロールは必要なのですが、カラーで撮影するよりフローがシンプルになる)、さらにポストプロダクションでもカラーについて考えなくていいという素晴らしいコスト削減になっています。
特にモノクロにすることで現場の色をコントロールをシンプルにできるという考え方は今までしたことなかったので「なるほどー!」と思いました。

 

本当に低予算の場合にはライトもアンバー系のものが多かったり、ホワイト系のものとアンバー系のものが混ざってしまった場合にはカラーフィルターによる色合わせが必要になったりと、かなりの手間が発生します。
それを無視できる(厳密にはモノクロでもライトのカラーと被写体のカラーの組み合わせによって陰影の出方が変わりますが、低予算レベルではほぼ無視できる)というのは莫大なコスト削減です。
モノクロ撮ったことなかったけどこれはありだな。。コスト削減というと聞こえが悪いですが、「その分他に予算を使える」と思うと戦略的にモノクロにするのもありなのかもしれません
また、モノクロで撮ることで純粋にライティング(光がどう当たっているか)に集中できるというのは、コスト関係なく普段の撮影から使える技ですね!

 

もちろん、ただ予算削減のためにモノクロにしたわけではなく、映画のトーンとモノクロの質感が非常にマッチしているのは言うまでもありません。

 

また、無駄なフィルムの消費を抑えるために、ノーランは撮影前に徹底的にリハーサルを重ねました。
これによって、本番はほぼほぼ1,2カットでOKが出たようです。(すごい!)
また、無駄なカットを撮影できないということは経験の浅いディレクターにとってと最高の練習になります。
撮影前に徹底的にクリアに撮影状況を頭に描く練習になるからです。なるほど。。!

 

この映画でノーランはほぼ全てのシーンを800Wのタングステン3灯と2000Wの強いタングステン1灯でまかなっています。
現代のビデオグラファーはデジタル化によりカメラが暗い場所でも撮影できるように進化しているため、もっと小さい照明でも同等の効果を出すことが出来ます。
また、セットアップを素早く行い「ドキュメンタリースタイル」で撮影したとノーランは語っています。

 

また、ノーランは俳優を窓際に立たせることによって、条件の良い自然光を利用してライティングを行うことを多用しています。下手にライトを組むよりも効果的な方法かもしれません。

カメラは手持ちで扱えるものを使い、撮影もほぼほぼ手持ちで済ませています。
これは予算的な都合もあったかと思いますが、演出上敢えて手持ちを選んでいると言ったほうが正しいかもしれません。
あらゆる撮影手法が予算のリミットを感じさせるというよりむしろ映画を引き立ててているように見えるのがノーランの上手さだと思いました。

 

予算900万ドルにステップアップした「Memento」

Mementoでは、予算がアップしたことによりノーランは初のDOP(Director of Photography=撮影監督)を雇っています。

 

予算は大きくアップしましたが、映画の基本的な取り方、スタイルは大きく変わってはいないとノーランは語っています。
どちらも「precise way = 正確な方法」で撮ったと語っているのがノーランの性質を表していると思います。

 

予算が上がって出来るようになったのは、下記のようなことです。
・ノーランが望むフォーマットのカメラで撮影が出来るようになった
・カラーをコントロールする余裕が生まれた
・使いたいロケーションが使えるようになった
・昼と夜、回想シーンで別のフィルムを使うことが出来るようになった
いずれも自然な形で映画の表現力をアップするような項目ですね。

 

機材の面でいうと、PanavisionのEシリーズのアナモルフィックレンズを使うようになっています。
これによってアスペクト比が横長に変わり、よりシネマティックで壮大な表現が出来るようになりました。

 

ノーランは長めのアナモルフィックレンズが好きで、Mementoのシーンの殆どは75mmのレンズで撮影しています。
そうだったのか。。距離感の取り方が素晴らしく、広くも狭くも見えるようにレンズを使っている印象で全く気づきませんでした。
ノーランはこのレンズを、「できるだけ登場人物の視点に立っているような表現のために」使ったと語っています。
最近はPOVというとGoproのような広角レンズのイメージがありますが、ノーランは75mmのレンズをかなり登場人物の目線と同じラインに置くように使うことで主観的な効果を出しています。
こういうシンプルな哲学はとっても勉強になりますね。。!これは決してMementoのような予算が無くても出来ることなので、参考にしたいです。

 

また予算を特機に割けるようになったことで、ドリーショットなども使っています。
大きく滑らかにカメラを動かすことができるようになったことで表現の幅が広がっています。

 

900万ドルというと一見大きな予算に見えますが、大物俳優をキャスティングするには全然足りません。
これはbird and insectが数百万円クラスの案件で当たる課題と同じものです。
ただノーランは、有名な俳優を使わなくとも素晴らしい映画を作れることを証明しました。
私達のようなプロダクションも同じく、有名人に頼らなくとも本当に伝えたいことをストーリーで伝えていくことができます。

 

予算16億ドルの超大作「Inception」

予算規模が一気に上がったInceptionでは、ノーランはほぼ予算の制限なく自分のやりたい表現が出来るようになっています。
コブがゆっくりと水に落ちるこの印象的なシーンも、2500fpsという高速度で撮影できるカメラ(通常は24fpsなのでおよそ100倍のスロー!)を使用して撮影されています。
これはInceptionの「夢の中は時間の進みが遅くなる」という世界観を表現するのに絶大な効果を発揮しています。
増えた予算を表現のために的確に使用した例だと思います。さすが。。!

 

また、ロケーションにもふんだんに予算が使われており、6カ国での撮影を敢行しています。
映画のクライマックスで使われる壮大な雪山のロケーションはよほど予算が無いと使えないですね。。!すごい
これにより「Following」「Memento」とは一段違う、果てしなく壮大なストーリーを描けています。
予算の制限を受けづらいのは人物の心情描写など、制限を受けやすいのはストーリーの壮大さだと言えるかもしれません。

 

また有名な俳優を多く使うことで、いかにも超大作というルックを作り上げています。
壮大なストーリーにはその力に見合った強い俳優が必要なのかもしれません。

 

またVFXを駆使することにより、実写撮影では困難なレベルの荘厳な風景を作り上げています。
こう見ると本当に予算感に見合った作品を作っていることが分かります。
予算が小さいうちは人物の内面に焦点を当てるコンパクトな物語、予算が大きくなれば世界観を強固に表すために投じていく。
予算の小ささを感じさせないスタイルの脚本にすること、またMementoなどのようにギミックによって物語を複雑にし、実際のストーリーにはない広がりを感じさせることも出来るんだと感じます。
Mementoはほんと実際のタイムラインで見たらすごいシンプルなストーリーなのに、主人公が短時間しか記憶が保たないという設定によって映画全体が終わりから始まりに向けて逆に進んでいく形になり、ストーリーの小ささを全く感じさせません。
この時間の扱い方はノーランの特徴で、時間というものをどこまでのスケールで描くかに予算を使っている気がします。

 

スタッフの数も桁違いです。
こう見るとbird and insectはFollowingとMementoの中間くらいの規模感なんだなと感じます。

 

35mm,65mmに加え空撮用にVista Visionも使用しています。
ただここは「予算が増えたからといってレンズの数がめちゃくちゃに増えるわけではない」というのは重要なポイントだと思います。
このように、予算規模が変わっても変わらないこともたくさんあるのです。

 

例えばライティングはFollowingのときから一貫して「Enhanced Naturalism = あくまでも自然なライトを強調するためにライティングを行う」という考え方です。

予算によって変わったのは
・6箇所の海外ロケを含むローケーションの多彩さ
・有名なキャストの起用
・スタッフがとにかく増えた
・高額な機材を使っている
・セットを作ったりCGを使ったり、表現したいルックをそのまま表現できる
という結論です。

 

まとめ

クリストファー・ノーランの3作品から、彼が予算規模によってどう映画の作り方を変えてきたのを観てみました。
私が感じたのは、ノーランが常に予算の制限を感じさせない作品を撮っているということです。
もしInceptionをFollowingの予算で撮ろうとしていたら、スケール感の無い作品になっていたと思います。
でもFollowingなら、予算の少なさを感じさせずにやりたいことをやりきれる。
予算に見合った、もっと言うと予算を最大限活用出来るような作品を撮るということ。何にコストをかけ何にかけないかを取捨選択し、視聴者に予算の制限を感じさせないことが、私達がノーラン監督から学べることかもしれません。

いや、やっぱり映像って面白いですね。