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bird and insectの歴史 第一部 bird誕生まで

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こんにちは。bird and insectの林です。

今回はブログの初回更新で、何書こうか迷ったんですがbirdの歴史でも書こうかと思います。

まだ4年なんで大した歴史なんて無いんですが。

でもまだ4年か。10年くらいやってる気がします。

林目線の歴史になりますが、是非お読みください。

(このページ滞在時間とか測ってるので、この人すぐ読まないで離脱してんなとかわかりますからね。気をつけてね。)

※追記

書き始めたら思ったのの30倍長くなってしまったので、(思ったのの30倍長くなってしまったのでって30回くらい言ったことあるな)、3部構成にすることにしました。

本日は第一部、bird誕生までをお送りします。

20142月 会ってない時代

2013年は、みんな別々にそれぞれのことやってました。

代表のshuntaroはレタッチャーとしてキャリアをスタートした後、フォトグラファーを掛け持つようになり、徐々にフォトグラファーメインのレタッチャーになっていきます。2013年はイギリスへ留学して写真を学んでいました。

僕は元々リコーでカメラの設計をやっていたんですが、カメラ部門がなくなっちゃって他の部署になって、それでも頑張ってやろうかなと思ってたんですが急に嫌になっちゃって会社を辞めようかなどうしようかなみたいなとこでした。

先にshuntaroのお父さんにお会いして(カメラとレンズを分解してそのレンズを他のカメラに付けるっていうマニアックなワークショップで)、息子がフォトグラファーでいまイギリスにいるっていう話を聞いてました。

世の中にはすごいひとがいるもんだなっていう感想でしたね。

まさか一緒に会社やることになるとは。

2014年2月~2014年6月 shuntaroおばあちゃん家時代

2014年の2月に、リコーの先輩が共通の知人だったことで、ホームパーティ的なやつでshuntaroと初めて会います。

僕は友達の結婚式を撮った写真とかをshuntaroに見せた気がします。

今思うとあの写真はひどかったですね。。とか言いたいんですがあんまり変わってません。未だにあのときの写真は好きだな。

特にフォトグラファーとして、プロから見て僕の写真が上手かったということは決してありませんでした。

数日後、shuntaroから「今度の撮影でアシスタントを探してるんだけど、良かったら手伝ってくれない?」的なメッセージが来ました。登戸のHOKUO(パン屋)でそのメッセージを見ましたね。トイレで返信した記憶があります。

探したらありました。

今思うと、ここで誘っていただかなければbird and insectは無いと思います。

後からわかったんですが、shuntaroはこんな感じで、会った人を自然に繋げていく能力があります。

初めてアシスタントをしたときは緊張して、服なに着ていけばいいんだろうってことしか考えなかった気がします。

2件連続の撮影だったんですが、shuntaroの私物の機材を間違えてスタジオにしまってしまい、次のスタジオに行ってから気付いて走って取りに戻りましたね。懐かしいな。

それから何回かアシストに誘っていただき、待ち時間とかで話す中で、僕が当時興味を持っていたバイラルメディアの話をしたときに、「写真系のバイラルメディアを一緒にやろう」という話になりました。

今は亡きkoruっていうメディアなんですが、最初の方に書いた記事が3万viewくらいのちょっとした当たりになり、結構人が来るようになりました。今は亡きなんですが。

その後もそのバイラルメディアの打合せなんかを兼ねて、当時shuntaroが住んでいたおばあちゃんの家に遊びにいくみたいな日が続きました。

僕はスイカが苦手だったんですが、毎回スイカを出していただいて申し訳ないなと食べるうちに、最後はスイカ好きになってましたね。

何度か通ううちに、「写真から動画へという大きな流れがある」みたいな話題になり、一緒に動画をやろうという話になりました。

当時は一眼動画の出始めで、stillmotionという海外の動画会社がエミー賞を撮ったことで話題になっていました。

少人数、軽い機材で動画が始められるようになっていたこと、stillmotionの動画に感動したことで、「ウェディングの動画をやろう」ということになりました。

その話が出た時は複雑な気持ちでしたね。3日前にNikon dfを買ったからです。dfは動画機能を削減して写真に特化したモデルだったので、その翌日に売られることになります。ありがとう。

さて動画チームを作るということで、一番の悩みはチーム名でした。

とりあえずshuntaroと二人で機材の名前とかをひたすら英単語にしていきました。

ストロボライツ、みたいな。どうしてもバンドみたいになっちゃって悩みました。

昼から始めたチーム名を決める会議も気づけば夕方になっていました。

だんだん凝りすぎてきて「自分が好きな焦点距離のレンズから画角を調べて、その角度を名前にしよう。」みたいなよくわからない案が出される頃、おもむろにshuntaroが「bird and insect」と言いました。

「鳥瞰、虫瞰」という言葉から思いついたということで、マクロの視点とミクロの視点、両方を大事にしようというニュアンスがまさに写真や動画にぴったりだねということで、めでたくbird and insectが誕生しました。

そんな今までの議論無視した良い感じのやつ思いつくならこの半日は何だったんだと思いました。

2014年7月 bird and insectの船出

チームにするなら場所が必要だろうということで、渋谷にオフィスに借りました。

shuntaroの大学時代の先輩がちょうどシェアオフィスに入る人を探しているということで、7月1日に入居。

渋谷で働くとは思っていなかったので緊張しました。

 

これが初日の写真です。何も分かっていないのにdavinci resolve(動画のソフト)を開いてそれっぽくしようって言って撮ったやつですね。レンズの歪みでやたら僕が太って見えますが、今ならもう少し上手く撮れるなあ。

動画をやりますと宣言したはいいけど、実際二人とも動画の知識には不安がありました。

shuntaroは短編映画のようなものを撮影した経験があって知識はあったのですが、仕事としていきなりやるには不安がある、ということで、shuntaroの大学の先輩で動画制作会社に勤めた経験のある奥村さんという人を入れよう、という話になっていました。

7月のはじめ、奥村さんがオフィスに来ることになりました。

僕はかなりの人見知りなので、緊張したのを覚えています。

奥村さんはコテコテの関西人で、一人なのにガヤガヤしてるんですよね。

僕の中でガヤガヤは複数人に使う効果音だという常識が覆りました。

奥村さん

奥村さんは僕と会うなり「一体お前は何が出来るんや」みたいな感じで色々聞いてきました。

初対面なのにめっちゃガツガツ来るなこの人(こういう人苦手だわ。。)という印象でしたね。

しかもなんとなく、ライバル意識のようなものを持たれている感じがありました。

「初対面で動画のことを何もわかってない自分に何でこんな対抗心を燃やしてるんだろう。。?」と不思議に思いました。

後で知ったのですが、この対抗心には理由がありました。

元々奥村さんはshuntaroと一緒にシェアオフィスをしようという話があったのですが、検討していたそのオフィスが少し値段が高いという理由で(shuntaroの現奥さんの瑠璃ちゃんの「高いからやめなよ」の一言で)、頓挫していたのでした。

長い棒を持つ瑠璃ちゃん

一度自分とシェアオフィスの計画が頓挫していた。その筈なのにshuntaroがいきなりどこの馬の骨ともわからない僕とシェアオフィスを始めたと聞いて、「俺の細くん(shuntaro)と何勝手にシェアオフィスしてんねん!!」と憤っていたんですね。

結局その後すぐに奥村さんは僕を認めてくれたのか分かりませんが丸くなり、しかもめちゃくちゃいい人で、動画の基礎を教えてもらったり、色々なことを学ばせていただきました。奥村さんはここから2016年の後半までbirdのディレクターとして一緒にやることになります(今はドローンの導入コンサルをやっています。)

ここまでがbird誕生までの話。

次回はbird黎明期の物語になります。

ここまで読んだ人いる?